学校へ行かないと、悲しい顔をされる。

ホームスクーリング6年目のきまぐれキャンパーです。

 

子ども達にとって、冬休みあけ。

学校へ行きたくない子もいると思います。

「無理して行かなくていいんだよ。」

って言ってあげられたらどんなにいいか。。。

それが難しい現状もわかります。

 

在宅ワークが子どもや、パートナーにとって負担を減らすのはもちろん。

本人にもメリットがある。と言った話も最近まで聞かれていましたが、子どもにも当てはまるのではないのでしょうか。

 

さて、なんで「悲しい顔」なのでしょうか。

人間は習慣を好み、異習慣を嫌う生き物です。

習慣となっているのは、学校へ「通う事」会社へ「行くこと」ではないのです。

それは結果です。

さて、「社会の一員となる」と言った、集団行動を共にする、「集団」が習慣化されているからではないのでしょうか。

言い換えると、「仲間」。

集団、仲間は、仲間と共にあるという仲間意識を生み団結を生みますが、

集団が習慣化されると、その習慣を維持しようとします。

習慣化された集団が維持できないような壊す行い、考え方から、集団を守ろう維持しようとする為、そぐわなければ、これらを排除しようとする動きが出ます。

いじめ、無視、などもこれでしょう。

 

こう言った、集団を作る。行動は、子どもの発達段階の調査でも指標とされる為、

結構古い、幼い段階から根付いていますよね。

結果的に根本的に持っている考えなんでしょうね。

根本的な考え方の脱却はできるのか。。。

脱却はなかなか厳しい。。。

脱却自体気づかない場合がほとんどです。

 

脱却ではなく。

集団の規模を変える。

集団の所属を変える。

そんなやり方はどうでしょうか。

 

学校への集団を辞めても、社会の集団は辞めたことにならないのです。

社会の集団が嫌で脱却したとしても、地球の集団から抜け出したわけではないのです。

学校への帰属意識を持たせる。そんな教育を先生はしなくてはならないのですが、

そもそも、学校への帰属意識は、インターネットが発展したグローバルな社会では必要とは言えないのではないのか。と私は思っています。

世界への帰属意識はあっても、学校の狭い環境への帰属意識は、集団意識は、持ってなくていいでしょう。

 

もっと広い世界を見て欲しい。

そう思います。

だから、「行く」を辞めても、「あなた」は「あなた」。

無理して行かなくてもいいのです。

 

 

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